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Back to New York, 2005

記憶の中の
ニューヨークを歩く

April 2005

3 週間の旅 8 つの章 61 枚の記録 十六年ぶりの街
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1987年から二年、この街に住んでいた。
十六年たって、
三週間だけ帰ってきた。

地下鉄の乗り換えは、頭より先に体が覚えていた。二年住んでいた街だから、迷いようがない。それなのに改札を出て最初に思ったのは「懐かしい」ではなくて、「ここはこんなに明るかったか」だった。十六年のあいだに、街のほうが先に変わっていた。

四月のはじめに着いて、月末に帰った。三週間あれば、予定のない日がいくらでもある。だから、当時の友人に会って、住んでいたあたりをただ歩いて、二年いて一度も行かないまま帰国した美術館に、十六年越しでやっと行った。

着いたころ、公園の木は一本残らず裸だった。帰るころには、同じ枝が全部花になっていた。あのころは毎日その下を通っていたはずなのに、ちゃんと見たのは、たぶんこのときがはじめてだ。

01 Midtown

見上げれば、空は細長い

住んでいたころは、上を見て歩くことがなかった。今回はそれをしに来たようなものだ。十ブロック歩くたびに、空の形が変わる。

エンパイア・ステート・ビルアヴェニューの突き当たりに、いつもこれがいる
夜のエンパイア金色の尖塔だけが浮かび上がる
四月のエンパイア見上げた先に、白い花が咲いていた
クライスラー・ビルビルの隙間から、銀色の尖端
パーク・アヴェニューの山並みクライスラーとメットライフが肩を並べる
街角からの一瞬信号待ちのあいだに見えるもの
フラットアイアン・ビルビルが一面、まるごと広告になっていた
ロックフェラー・センターチューリップの花が広場を埋める春
グランド・セントラル駅星座の天井の下を、人が流れていく
駅の入口でGRAND CENTRAL TERMINAL
五番街星条旗が並ぶ、買い物の大通り
セント・パトリック大聖堂五番街に立つ、ゴシックの双塔
五番街の教会ビルに挟まれて残る、石造りの尖塔
コロンバス・サークルガラスに映るセントラルパーク

02 Times Square & Broadway

ネオンの下で

あのころのこのあたりは、わざわざ避けて歩く場所だった。すっかり様子が変わっていて、少し拍子抜けした。

タイムズスクエアの夜看板の光だけで写真が撮れる
交差点に立つブロードウェイと七番街の交わるところ
昼のタイムズスクエアイエローキャブと人と看板
ライオン・キングミンスコフ・シアターのマーキー
マンマ・ミーア!ウィンター・ガーデン劇場
B.B. King Blues Club赤いネオンの下に、ブルースがある
七番街の名物ネイキッド・カウボーイを探して

03 Central Park

公園に春が来る

着いたころはまだ枝ばかりだった木が、帰るころには花でいっぱいになっていた。三週間しかいないのに、季節がひとつ動いてしまった。

ウォルマン・リンクとスカイライン氷の上に、ミッドタウンが立っている
柳の芽ぶきリンクの向こうが、もう黄緑色
馬車の待つ広場グランド・アーミー・プラザ
枝の間の空まだ寒いころの公園
桜非常階段のわきで、枝が上へ伸びていた
レンガの壁とマグノリアブルックリンの住宅街で
ユニオン・スクエアベンチが全部埋まる晴れの日

04 New York Botanical Garden

ガラスの温室で

地下鉄と徒歩で、ブロンクスまで。温室のドアを開けた瞬間だけ、季節が半年ぶん先に進んでいた。

ハウプト温室ヴィクトリア朝のガラスのドームが、まだ裸の木の向こうに
椰子の下外は四月、中は熱帯
熱帯のスイレンガラス天井が、水面にそのまま映っている

05 Museums

美術館の一日

二年住んでいて、一度も入らなかった場所がいくつもあった。今回はそこから回ることにした。建物と中庭が、いちばん記憶に残っている。

グッゲンハイム美術館五番街に置かれた、白い渦巻き
螺旋の天窓見上げると、花のように開いている
MoMAの彫刻庭園ガラスの壁に囲まれた、屋外の展示室
丘の上のクロイスターズ裸の木の向こうに、中世の塔が見えてくる
クロイスターズマンハッタンの北の端、中世の中庭

06 Downtown & Brooklyn

橋を渡って、南へ

ダウンタウンはブロックごとに言語が変わる。歩いているだけで、国境を何回も越えている気がする。

ブルックリン・ブリッジブルックリン側の岸から、対岸ごと
マンハッタン・ブリッジイーストリバーの小石の岸から
ウォール街証券取引所の列柱に、星条旗が三本
ワシントン・スクエア・パークアーチの下を通り抜けて
広場の午後NYUの学生と観光客が半々
イーストヴィレッジ赤煉瓦と非常階段が、ブロックの奥まで続く
ソーホーの角で壁一面の広告も、ここでは風景
チャイナタウン看板が一気に漢字になる境目
リトル・イタリー一本隣りは、もうイタリア
Ess-a-Bagel朝はやっぱりベーグルで

07 Coney Island & the Ferry

海の方へ

地下鉄に乗っているだけで、いつの間にか海に着く。同じ切符で行けるのが、この街のいいところだった。

自由の女神スタテンアイランド・フェリーの甲板から
日が落ちる無料のフェリーから見る、一日の終わり
湾の上風が強くて、めちゃくちゃ寒い
ワンダーホイールコニーアイランドの観覧車
サイクロンアストロランドの、木造のジェットコースター
ネイサンズ1916年からのホットドッグ屋。行列は途切れない
ボードウォーク板の上に、二人ぶんの影だけ

08 Faces of the City

この街の表情

十六年前の記憶は、だいたいこういう景色でできていた。マンハッタンの南の端から北の端まで、あのころと見くらべながら、ぶらぶら歩く。

ザ・スフィアツインタワーの広場にあった彫刻と、絶えない火
グラウンド・ゼロ住んでいたころは、あたりまえにそこにあった。家でニュースの映像を観てショックを受けた
The Heroes of September 11, 2001名前が、すべて刻まれている
FDNYヴィレッジの消防署の前で
騎馬警官交差点を、馬が歩いていく
アッパー・イーストの五番街赤い二階建ての観光バスが、通りを上っていく
Tom's Restaurantコロンビア大学の目の前に、あのダイナー
マルコムX大通りハーレム、日曜の午前

“One belongs to New York instantly, one belongs to it as much in five minutes as in five years.”E. B. White, Here Is New York

五分でも五年でも、この街の一員になるのは同じことだ、と書いた人がいる。二年住んで、十六年あけて、三週間帰ってみて、その意味が少しわかった。もう住人ではないけれど、たぶん、よそ者でもない。